公開日 2024年10月25日
強力な抗がん作用を示す海洋天然物の分子構造決定と完全化学合成に世界で初めて成功
~NMR?計算化学?合成化学の統合的アプローチによる革新的な化合物の発見?創出への貢献に期待~
総合科学系複合領域科学部門の津田正史教授が中央大学理工学部の不破春彦教授らと共同で行った研究成果が、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society (JACS)」のオンライン版に2024年10月17日(米国東部時間)付で公開されました。
本研究では、沖縄県西表島近海で採取した渦鞭毛藻(うずべんもうそう)(※1)から単離した、抗がん性海洋天然物「イリオモテオリド-1a」およびその天然同族体「イリオモテオリド-1b」の立体構造(※2)を決定し、完全化学合成(全合成)に成功しました。
イリオモテオリド-1a は強力な抗がん作用を有する天然物として世界各国の研究者から注目されてきたものの、その複雑さからNMRデータに基づいて立体構造を解明することが難しく、数多くの研究グループの挑戦が退けられていました。このため、イリオモテオリド-1a は、現在、立体構造の決定が最も困難な分子の一つとして知られています。本研究では、NMR構造解析(※3)に加えて、計算化学、合成化学の統合的アプローチにより、イリオモテオリド-1aおよび-1bの全立体構造の効率的な解明に成功するとともに、世界初の全合成を達成しました。すなわち、天然標品のNMRデータを再解析した上で候補となる立体異性体(※4)群を絞り込み、次いで計算化学によるシミュレーションと合成化学による検証で、全立体構造を決定する戦略としました。また、今回決定した立体構造を元に市販原料より合成したイリオモテオリド-1aは、天然標品とよい一致を示し、培養ヒトがん細胞に対してナノモル濃度で増殖を阻害することも確認しました。今後は、イリオモテオリド-1aや-1bの抗がん作用のメカニズム解析や動物実験による薬効の確認へと研究を展開します。
世界には、いまだ構造式が定まらず、その利活用が立ち遅れている複雑な天然物が数多く存在しますが、本研究で開発した統合的アプローチによる効率的な構造解明で、天然物創薬やケミカルバイオロジーなどの研究領域で革新的な化合物の発見?創出が進むことが期待されます。
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詳細はこちらをご確認ください。プレスリリース本文.pdf(726KB)
※1 渦鞭毛藻:主に海洋に生息する単細胞生物で、鞭毛を使って回転性の遊泳運動をするものが多い。光合成による独
立栄養性と、他の原生生物等を捕食する従属栄養性に分類される。多種多様な天然物の生産者として知
られている。
※2 ここでの「立体構造」は、学術的には「立体配置」と呼ぶのが正確である。
※3 NMR構造解析:核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)スペクトルによる構造解析。
※4 異性体:同じ分子式を持ちながら、構造の異なる化合物のこと。異性体は、構造異性体と立体異性体に分かれてお
り、構造異性体は、異性体のうち分子式が同じで構造式が異なるもの、立体異性体は、分子の立体的な構造が異な
るために生じる異性体である。
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【論文情報】
雑誌名:?アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン版)
タイトル: “Iriomoteolide-1a and -1b: Structure Elucidation by Integrating NMR Spectroscopic Analysis,
Theoretical Calculation, and Total Synthesis”
著者名:Tomohiro Obana, Miyu Nakajima, Kazuki Nakazato, Hayato Nakagawa, Keisuke Murata,
Masashi Tsuda,* Haruhiko Fuwa*
? ?(*責任著者)
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