Case.16
まだ音楽療法が知られていない頃、大学の図書館で偶然出会った音楽療法の本をきっかけに、その著者が教えていたNYの大学院に留学を決意しました。音楽療法とは、音楽の生理的、心理的、社会的にもたらす効果を用い、対象者のニーズに合わせて心身の健康を図ったり、病や障害の機能回復・維持に役立てたりする療法の一種です。欧米では医療や、福祉、教育などの分野で専門性をもって取り入れられています。音楽療法士とは、音楽の技術とセラピスト(臨床)の技術を併せ持つ職人のような職業です。私一人が生涯かけても携われる患者さんの数は限られていますが、音楽療法士を育成することはその裾野を広げてくれます。そして、研究は、社会的認知を高め、音楽療法の効果や教育の質を高めていく発展に欠かせません。
音楽療法研究は、臨床ありきの研究で、まだまだ新しい分野ですが、それだけやりがいがあります。芸術と科学の融合でもある音楽+療法の分野においては、人間関係をも扱うので既存の研究方法では知りえない時は、研究方法自体もテーマによって多様なものが求められていきます。未だ拾われていない声を拾って共通の知識にしていくことも、研究の醍醐味であり、魅力の一つです。けれど、8年も博士課程に在籍していると、あくなき自己の探求や研究テーマへ情熱がないとなかなか研究が持続していかないかなとも思います。
音楽療法の博士課程への入学条件の一つに、最低5年の臨床経験を課するプログラムは多いです。8年前から夫の赴任で再渡米したのを期に、第二子を出産直後、ボストンにあるレズリー大学の博士課程を受験しました。最初の3年間は、夏休みの一か月間ケンブリッジに滞在し、朝から晩まで量的・質的研究についての授業や、その後は、オンラインの遠隔コースで単位取得や課題提出をします。ブラックボードというオンラインの掲示板を使ったディスカッションや、スライドを作って自分のプレゼンをして、クラスメートのフィードバックをもらったりします。仕事をもちながら、博士課程に在籍できるので、アメリカ全土、トルコやアフリカ、韓国出身のクラスメートと一緒に学べたのもすごく刺激になりました。今は、高知県の土佐町にいながら、アドバイザーともスカイプで連絡をとり、口頭諮問にむけて最後の集大成である研究論文のドラフトを書き上げています。
音楽療法の中でも特に即興音楽を扱う音楽療法士のアイデンティティーについて調べています。音楽療法士が全員そうではないのですが、演奏家であり、音楽療法士としても活動する音楽療法士を対象に、患者さんと臨床で行なう即興音楽体験と、パフォーマンスで他のミュージシャン達と奏でる即興音楽(非臨床的)体験が、彼らの音楽家であり療法士であるアイデンティティー形成や音楽性にどういう影響を与えあっているのかということを質的リサーチの手法を組み合わせて探索しています。この研究テーマは、演奏活動も行う自分自身のアイデンティティー形成や自己探求から生まれています。
博士課程の最初の授業で教授に言われた言葉があります。「研究とは、一人で何かを全て証明しようとするのではなく、巨人達の肩にのって、これまでの対話に参加し、その対話の可能性を広げていくことだ」と。理系文系研究の違いはあるかもしれませんが、自分の探求心やパッションを忘れずに取り組めばきっと対話への道筋を残せると思います。そのためには、同僚や先生、仲間を含め様々な価値感を持っている人とできるだけ色んな対話をしてサポートを得ることが鍵だと思います。
音楽療法の仕事も論文執筆も、心と身体が健康な状態でないと、十分に取り組めません。日頃から、セルフケアをすること、音楽聴いたり創作することはもちろんですが、散歩やストレッチなどの運動をしたり、好きなコーヒーやお茶を入れたりして、一日のメリハリをつけて気分転換をしながら、集中力を高めています。また、家族がいるので、子どもとの時間、家族の会話や、団らんの時間も大事にしています。
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