Case.27
大学2回生の春休みに、その後通い続けることになる研究フィールド(=「川辺川ダム問題」の現場)を初めて訪れたことがきっかけです。それまでは国際的な社会問題に取り組む仕事をしたいと思い、国連や国際NGOに憧れていました。
当時の日本社会でダムは無駄な公共事業の典型でした。現場で国策に翻弄される流域の人びとの具体を目の当たりにし、外ばかりを見て国内の問題を知ろうとしなかった己の無知を自覚させられました。
問題のメカニズムや構造について調査を踏まえ言語化したときの充実感や清々しさは、他の何物にも代えられないように感じます。その後も探求は終わることなく、自分自身の考えやモノの見方をさらに鍛えて発展させていくことができる。達成感が次の問いをもたらします。
上記には“産みの苦しみ”も伴いますが、“産む”過程の調査先の人びとや先行研究を通して得られる視点との出会いもある。これらも私にとっては「研究の魅力」です。
ダムが建設された流域社会に通ってお話を伺い、近代治水の具体策であるダム技術が川と人との関わり方に激変を余儀なくさせたことを、教わり続けてきました。溢れ流れることで肥沃な土壌を流域に供給し、多様な生物の住処や水源となっている川を堰き止めるダム技術は、今なお良い面ばかり喧伝されています。しかし、想定外の豪雨が毎年のように各地を襲い、自然破壊のみならず流域の被害拡大をも招きかねないダム技術の弊害面も、きちんと知る必要があると考えています。
ダムのない頃の川を知る方は年々少なくなっていますが、川を生業としてきた方々や水害体験者の方々の口述史を通じて、川との共生の知恵がどう変質するのか、教訓を得て賢明な選択を社会が行えるよう、記録を続けたいと思っています。
持続可能な川の在り方について、人びとの暮らしの中で育まれた知恵に教わりながら探求しています。川は流れ溢れることで自然界の中での役割を果たしています。では、川の傍で代々住み続けてきた人たちはそんな川とどう付き合ってきたのか。
川の役割を損じさせることなく、気候変動の時代にあって人は川とどう付き合っていくのか。先人の知恵に学びつつ、持続可能な川との付き合い方を実現するための河川政策に寄与することを目指しています。
自分を突き動かすような問いを持ちその解を見つけるための営みは、大変ですがやりがいを感じられるものだと実感しています。社会に対する自身の認識の変化、自身が大切にする価値観を共有できる人びととの邂逅、自分自身の変化といったことも、時に戸惑いながら楽しむことができる仕事だと思います。
一つの場に身を置き続けると常に気を張り続けて息が詰まってしまうタイプなので、いつもと異なる環境や世界と接する機会を定期的に持つことを心がけています。日々の暮らしの中では、ヨガをしたり山や川を眺めたり昔ながらの銭湯に行ったり、家族と映画やドキュメンタリーを鑑賞して議論するなど、可能な時にはリラックスできる時間を取るようにしています。
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