植物科学 植物栄養学 根圏 トランスポーター
上野 大勢 うえのだいせい (写真左)
[専門領域]植物栄養学、植物分子生理学
[研究テーマ]
●イネの高マンガン集積?耐性に関する分子機構の解析
●重金属/プロトン対向輸送体CDFファミリーの研究
●イネのニッケル集積機構の研究
[研究のモットー]「語れるは自らの結果のみ」
森塚 直樹 もりつかなおき (写真右)
[専門領域]植物生育環境学、持続的農業科学、根圏科学
[研究テーマ]
●土壌-植物生態系における養分動態の評価と施肥による適正化
●植物生育環境の簡易評価法の開発
●環境保全型稲作
[研究のモットー]「遊び心を忘れずに、楽しく実験する」
世界の土壌の約70%が、
植物に栄養障害を引き起こす問題土壌です
私たち人間も含め、動物は生きていくための栄養源として有機物を必要としますが、植物は無機物だけを栄養源として体を構成し、一生を終えることができます。その時、必ず必要な元素として現在17種類の元素が知られています。
植物はこれらの必須元素の多くを土壌環境から獲得していますが、実は地球上の土壌の約70%は、必須元素の欠乏?過剰症や有害元素による障害を引き起こす“問題土壌”だと考えられています。
そこで我々のグループでは、植物による各種元素の吸収と植物体内における転流メカニズム、植物の栄養生理、根圏環境に関する理解を深めることを基盤とし、作物生産性の持続、生産物の質的向上と高付加価値化につながる様々な研究を展開しています。
≫ 研究事例1
有用元素「ケイ素」
植物にとって必須ではないけれど、その元素が存在すると生育が促進されたり様々なストレスが軽減されたりする元素のことを有用元素と呼びます。ケイ素は、そのような有用元素の一つです。
接木をすると白い粉(ブルーム)の出るキュウリができる台木カボチャ(新土佐:ケイ素をよく吸収する品種)と、そうでない台木カボチャ(ス-パー雲竜:ケイ素をあまり吸収しない品種)にマンガンを過剰に与えると、新土佐ではケイ素があるとほとんどマンガン過剰症状があらわれませんが、スーパー雲竜ではケイ素があってもマンガン過剰症状はほとんど治りません。
これまでの研究で、ケイ素をよく吸収する品種では葉の細胞壁へのマンガンの吸着量が増加し、過剰害の軽減に役立っていることが明らかになりました。また最近、岡山大学資源植物科学研究所の馬先生のグループとの共同研究から、スーパー雲竜などのブルームレス台木では、根に存在する“ケイ酸内向きトランスポーター”Lsi 1の242番目のアミノ酸がバリンからプロリンに置換し、ケイ酸の輸送機能が失われていることもわかっています。
≫ 研究事例2
植物を利用した重金属汚染土壌の浄化
スズシロソウ |
近年、植物を用いて土壌重金属を除去する技術(ファイトレメディエーション)が注目されています。効率的なファイトレメディエーションを行うためには、重金属蓄積力の優れた植物を利用することが必要です。
そこで我々は鉱山跡地を対象に土壌、植生調査を実施し、スズシロソウ(Arabis flagellosa)が、亜鉛、カドミウムの超集積植物であることを見出しました。そして、このスズシロソウの葉では、亜鉛、カドミウムの60%以上が液胞に局在していることを明らかにしました。
一方、超集積植物のように重金属含有率が著しく高くなくても、バイオマスの大きな植物を利用すれば、植物地上部に除去される重金属量が大きくなると考えられます。
そこで我々は、バイオマスの大きな様々な植物の重金属吸収能を調査するとともに、キレート剤を施用して根圏環境に存在する「吸収可能な重金属量」を増大させることについて検討しました。そして、環境にやさしいキレート剤として最近開発が進んでいる「生分解性キレート剤」(EDDS)の利用が可能であることを示しました。
≫ 研究事例3
ベトナムの農耕地土壌における有害元素による汚染
ベトナムThanh Hoa地方のCo Dinhクロム鉱山にて |
肥料として用いられるリン資源などに限らず、私たちの生活は途上国の鉱山で採掘された様々な金属によって支えられています。しかし、例えば金1 kgを取り出すためには産出国で1,360トンの廃棄物(廃石、尾鉱)が発生すると言われており、これらの鉱山廃棄物に由来する周辺農耕地の有害元素による汚染が問題となっています。
現地の人々の健康を守るためには、まず汚染の実態を正確に把握し、対応策を講じることが必要です。我々の研究室では、これまでにベトナムのDai Tu地方のスズ?タングステン鉱山や、Thanh Hoa地方のクロム鉱山の周辺農耕地における銅、ヒ素、クロム、ニッケルによる汚染実態を明らかにしてきました。
さらに、ベトナムでは経済活動の活発化にともなって、産業廃棄物や都市からの一般廃棄物に関連した環境問題も年々深刻となっています。ハノイ周辺の廃棄物処分場では容量が明らかに不足していることに加え、雨期に定期的に発生する河川の氾濫?洪水によって、埋設された廃棄物に由来する汚染水による周辺農耕地の汚染が懸念されています。我々は、これらの地域の農耕地の有害元素汚染に関する実態調査も進めています。今後は得られたデータに基づき、適切な対応策の提案を行いたいと考えています。
≫ 研究事例4
イネの高マンガン集積に関与するトランスポーター
マンガンは光合成の酸素発生などに関与する必須元素ですが、過剰に蓄積されれば毒性を示します。イネが生育する水田ではマンガンが高い濃度で存在しますが、イネは吸収したマンガンを積極的に地上部へ送り、そこで無毒化することにより適応しています。このイネが持つ優れたマンガン集積?耐性機構を分子レベルで解明することは、マンガン過剰が問題となる酸性土壌での健全な作物生産への礎となると考えられます。
植物細胞内における必須元素の細胞小器官への分配や、適正な濃度の維持管理には膜たんぱく質であるトランスポーターが重要な役割を担っていることが知られていますが、マンガンの膜輸送システムに関しては未解明な点が多くあります。我々のこれまでの研究で、プロトン(H+)と重金属イオンの対向輸送を行うCDF (cation diffusion facilitator)ファミリーに属するいくつかのトランスポーターが、根から地上部への高効率なマンガンの移行や、葉の細胞におけるマンガンの液胞への排出による無毒化に関わっていることが明らかになりました。
≫ 研究事例5
イネのニッケル集積機構の研究
ベトナムのCoDinh鉱山周辺地域で暮らす人々は、主食とするコメから耐容摂取量の5倍量のニッケルを日常的に摂取していると報告されています。過剰摂取により金属アレルギー等の健康被害が問題となるニッケルを、イネが吸収?集積するメカニズムの解明に取り組んでいます。
当研究室では、世界のイネコアコレクション136系統からニッケルの集積性が異なる2系統を選抜し、その差異が生まれる原因を手掛かりに研究を進めています。これまでのところ、両イネ系統間でニッケルの吸収能力に違いはないが、根から地上部へニッケルが運ばれる効率に大きな違いがあることがわかりました。現在、この濃度差の原因となるトランスポーター遺伝子の探索を行っているところです。
≫ 研究事例6
多量必須元素「カリウム」の動態解明
カリウムとナトリウムはともに一価の陽イオンで、岩石中の含量はほぼ同じです。けれども海水中のナトリウム含量はカリウムの約30倍に達します。これは主に、土壌中の粘土鉱物がカリウムイオンを強く固定する能力を持っていることに由来します。このような固定態や非交換態と呼ばれる難溶性カリウムは、植物に吸収されにくいため、従来の土壌分析では考慮されてきませんでした。そこで我々は、この非交換態カリウムの動態を調べた結果、トウモロコシの根圏では、幼植物の段階でも非交換態カリウムが放出され、植物に吸収されていたことが分かりました。今後は、植物への長期的なカリウム供給源としての非交換態画分の役割を明らかにするとともに、他の画分や他の元素種との相互作用も考慮しながら、適切な土壌診断法と施肥法を開発することを目指しています。
≫ 研究事例7
植物や土もやはり見た目が大事?
体調不良の時、「顔色が悪いね」と言われることがあると思います。植物や土の場合でも、それらの成分を色から推測できることがあります。そこで我々は、色彩計を用いた土色の高感度測定法を考案しました。この方法によって、肉眼では気づかないほど微妙な土色の違いを定量的に評価できるようになりました。今後は、植物や土壌の色と成分含量の関係をさらに詳しく調べることによって、私たちの五感を活用できる植物生育環境の簡易評価法を開発することを目指しています。
多彩な色を持つマダガスカルの稲作土壌
健康増進や環境修復に貢献を
このように、植物の物質吸収機構や輸送機構のメカニズムの解明、また汚染土壌の実態把握といった基礎的な研究を積み重ねていくことで、植物の健康だけではなく、いずれは人の健康増進や環境修復に貢献できる応用研究につなげたいというのが我々研究チームの思いです。
例えば今、世界では鉄や亜鉛などのミネラルの欠乏症が問題となっていますが、これらの有用なミネラルをたくさん摂ろうとすると同族元素で有害なカドミウムなどもたくさん入ってきてしまいます。そのような問題を解決し、有害元素が少なく有用元素を多く含む「高付加価値米」を開発したいというのが将来の目標の一つ。実現すれば、高知県の産業活性化にも貢献できるかもしれません。
また、東南アジアの発展途上国で問題になっている土壌の重金属汚染を、植物根の吸収機能を利用した環境浄化技術によって修復するという大きな目標も掲げています。現在、世界で重金属に汚染された土壌は全耕地面積の7%といわれています。その修復の一つの足掛かりになれればと考えています。