教授:降幡 睦夫
“病理”という言葉に皆さんはどのようなイメージを抱かれることでしょう。医学部基礎講座のひとつ、病理解剖を行い、手術材料の標本を観察して病理診断をするところ、或いは全くイメージが浮かんでこない、などきっと様々ですね。私と病理学との出会いは29年前の冬でした。その当時受験生だった私は、年末に京都の友人を訪ねた折、ふとした気まぐれから京都大学医学部の校内に入ってみたのです。研究棟が程よくその敷地内に軒を連ねていて、その一つの建物の正面玄関から中に入り、静かで冷たい研究棟の廊下を歩いていると、後ろから呼び止める声が聞こえました。恐る恐る返事をした私を、声の主は暖かいまなざしをもって自分の部屋に招き入れてくれたのです。どのくらいの時間話をしていたのか定かではありませんが、私が医学部を目指す受験生であることを知ると、親切にアドバイスまでして下さいました。癌の研究がしたいのです、調子に乗ってそんな一言を言ったような言わなかったような、いずれにしても初対面の大学の先生に対して遠慮もなく振舞う若造に、それやったら病理がええわ、そう応えて下さいました。おそらくその時なのだと思います…私は病理に興味を覚えたのです。その方が当時のウイルス研究所教授、石本秋稔先生でした。今冷静に当時の自分のとった一連の行動を思い返してみるに、冷や汗の流れるのを禁じえないのですが、人と人との出会いの偶然性以上に、自然に前向きな一途な自分自身がそこにいる、ただそのことに驚くのでした。高知医科大学に入学した日も、病理学教室を探して研究棟を歩いている私に、当時病理学教授であった赤木忠厚先生が声をかけて下さいました。そしてその日から先生の教室に出入りさせていただくようになり、医学部4年生の時、癌細胞の染色体解析に携わる機会を得、その事が病理学に関わる直接の出発点となったのです。今でも当時を思い出す度に、感謝の気持ちで胸が一杯になります。
現在、医学部は変革の時代に移行し、病理学講座に関しても同様であり、本質を見失うことなく、時代の要請に即座に対応することが求められます。高知大学においては、平成18年5月より病理学第一講座及び第二講座が統合病理学講座として一つになり、さらに病理診断部を加えることで、現行ではスタッフ数10名(教授2,准教授3,講師1,助教4)の大講座となりました。私達はこのような新体制の基で、医学部学生、院生、研修医等に教育者として関わっていますが、彼等は若く、可能性に満ちています。彼等のために出来ることは限られていますが、常に最大限の工夫をし、良好な学習環境を整えることで、病理学を通じて国際的に通用する医師、及び研究者の育成に努めたいと願っています。彼等学生及び研修医に閉ざす扉は持たず、共に医学を志すstudentsとして成長できる機会を得ることで、今まで私が諸先生方から頂戴した熱い気持ちを、今度は私自身が皆に伝えていきたいと切望します。