特集記事?Feature Article
高知から世界に貢献! Innovation from KOCHI環境をイネから科学する
― タフなイネを作る!健康に育つ土壌を作る!
上野大勢
[専門領域] 植物栄養学、植物生理学、植物分子生物学
[研究テーマ]
●イネのマンガン集積?耐性機構の研究
●重金属/プロトン対向輸送体CDFファミリーの研究
●微生物型人工シデロフォアの鉄肥料への応用
土壌には、植物が生きていくために必要な必須元素が含まれています。しかし、世界の約7割の土壌が、必須元素の過不足や有害元素によって植物が栄養障害を起こす問題を抱えています。 アジアを中心に、世界各国で栽培されているイネに着目し、植物の生育に欠かせないマンガンと鉄の輸送と集積、耐性について研究を行っている上野大勢先生にお話を伺いました。
イネのマンガン輸送に関わる遺伝子を特定する
マンガンは、光合成に直接関わる必須元素。植物にとってはなくてはならないものですが、多すぎても少なすぎても不都合な物質です。
光合成のしくみは、マンガンが水を酸化分解して電子を取り出し、光合成に必要な還元物質やエネルギーの貯蔵に関わるATP(アデノシン三リン酸)を作り出し、その副産物として酸素が発生します。吸収できるマンガンが少ないと光合成が促進されず、植物は育ちませんし、多過ぎると毒となり生育に障害が出ます。
イネは高いマンガン集積性と耐性がある植物で、私はそこに着目しました。
水田にはマンガンが高い濃度で溶出していますが、イネは過剰なマンガンを自身で無毒化して成長します。また、逆にマンガンが少ない畑作で育てた場合にも、マンガンを効率よく吸い込んで成長を遂げます。そこには、マンガンの輸送を司る遺伝子が大きく関係していて、イネがどうやってマンガンを無毒化しているのか、また、少ないマンガン環境でもどうやって効率よく葉に送り届けているのかを明らかにし、さらに他の植物にも同様の機能を持たせるためにはどのような輸送経路を強化すればよいのかを研究しています。
実験は、有害なレベルまでマンガンを溶かした培養液と欠乏状態まで少ない量を溶かした液を用意して、それぞれ野生株と、意図的に遺伝子を欠損させた変異株のペアを植え、同条件で育てて比較します。野生株では正常なのに、変異株に白化した葉脈間クロロシスが出現した場合、マンガン欠乏によって光合成ができなかったということが判別でき、マンガン輸送に関与する遺伝子が特定できます。
さまざまな条件下で育てて比較し、目視での確認と葉緑素計での葉緑素量の計測を繰り返し、両者に差異が出現した場合、それが一つの成果となります。その原因を分子生物学的手法(遺伝子解析)で解析し、遺伝子を突き止めます。
また、刈り取ったイネを酸で溶かし、そこに含まれる金属濃度の計測も行います。光合成の過程はとても複雑で、どこに不具合があるのか一つひとつ調べていきます。
これを他の農作物に応用できれば、その農作物の生育範囲を広げることができ、マンガンの過剰や欠乏が問題となる不良土壌でも、健全な作物の生産が可能になることを目指しています。
<イネのマンガン吸収システム>
金属輸送タンパク質の適切な配置により,土壌から根の導管へ方向性を持った輸送が可能になる。
Epidermis:表皮,Exodermis:外皮,Aerenchyma:通気組織,Endodermis:内皮,Stele:中心柱,Casparian strip: カスパリー帯 (Ueno et al., 2015, Nature Plantsより)
イネの鉄過剰耐性に関わる分子機構を解明
鉄は土壌にたくさん含まれる必須元素ですが、植物に吸収される鉄の量は土壌pHにより大きく変化します。当研究室では、鉄について2つの研究を行っています。
1つ目の研究は、熱帯地域の稲作で大きな生育阻害因子となっている酸性土壌での鉄過剰害を防ぐため、イネの鉄過剰耐性に関わる分子機構を明らかにすることです。
もともとイネは鉄過剰耐性が強い植物で、酸素濃度が低い水をはった水田でも根が窒息しないために葉で吸収した空気を根の先まで拡散する通気組織を持っています。そこに溶けた鉄が付くと酸化して錆びとなり、吸収されにくいのです。しかし、酸性土壌では水中により多くの鉄分が溶けた状態になるため、鉄を吸収しにくいイネといえども、根から吸収してしまいます。しかしそれでもイネは、ある程度の鉄過剰に耐えられるため、イネがどのようにして対応しているのかを解明し、さらに耐性を強化する研究を進めています。
環境への負荷が小さい鉄肥料を開発する
もう1つの研究は、当大学理学部化学生命理工学科の松本健司先生と共同で行っている、鉄欠乏を改善するための鉄肥料の開発です。
アルカリ土壌では、鉄は難溶性の形態で沈殿しており、そのままでは植物が吸収できず鉄欠乏になります。そこで着目したのが「シデロフォア」という土壌微生物が作り出す有機物です。シデロフォアは鉄を溶かす能力に優れていますが、植物は普通のシデロフォア―鉄錯体(金属と有機物が配位結合した化合物)を利用できません。私たちはシデロフォアの構造を植物に利用され易いように改変し、新しい鉄肥料の開発を目指しています。
今は産学連携で実用化に向けて研究が進められており、鉄欠乏状態のイネ、カボチャに人工鉄錯体を与える実験では、与えないものに比べて明らかに葉緑素を合成する能力が高いことが実証されました。
<鉄肥料の開発1>
鉄欠乏に弱いイネに微生物由来の天然鉄錯体(右)と、それを改変した人工鉄錯体(中)を与えたときの様子。人工鉄錯体の方が効果的に鉄欠乏を改善している。(Ueno et al., 2019, Soil Science and Plant Nutritionより
<鉄肥料の開発2>
アルカリ土壌では植物は鉄欠乏により葉緑素を合成できない(上)。人工鉄錯体を与えた場合は葉緑素を合成できるようになる(下)。
(Unpublished)
現在、鉄欠乏の土壌改良を行う鉄剤の現行品としては「EDDHA-Fe」があり、高い効果が得られていますが、EDDHA-Feは自然界で分解されない化合物であり、残留の影響が懸念されています。また、EDDHA-Feを合成するには、猛毒のシアン化水素を用いていることから、環境への影響が懸念されています。
一方、我々が開発した鉄肥料は生分解性であり、環境負荷が少ない上、安全性も高く、植物への鉄供給能力もEDDHA-Feに追い付きつつあります。引き続き、実用化に向けて、低コスト化を課題として研究を継続しています。
バイオの力で、人の未来に役立つ植物を!
世界中の土にはさまざまな重金属が存在し、問題のある土地は世界中に広がっています。植物の輸送システムを解明することは、逆境に強いだけでなく人間に不足しがちな鉄や亜鉛などをたくさんためられる植物を育成?創生することにつながります。さらには、カドミウムや鉛などの人体に有害な金属をためない作物や、有害物質を無害化する植物なども作れるようになるでしょう。植物バイオの技術により、植物の耐性を向上し、問題のある土壌での栽培を可能にすることが未来の農業の発展につながります。