特集記事?Feature Article
SX―地球社会のサステナビリティに挑む ー海?川?土壌の環境保全の現場から海 洋
世界初! プラスチックを分解する微生物から石油を生み出す微生物まで
寺本真紀[専門領域] 分子微生物学
[研究テーマ]
●プラスチック分解菌の研究
●生理活性物質生産菌の研究
●原油系燃料生産菌の研究
プラスチックごみを利用する!
今、海のプラスチックごみが大きな社会問題になっています。この問題を放置すると、2050年には海洋でプラスチックの重量が魚の重量を超えるとも言われています。対策として、流出してしまったものを回収する方策を考えることも重要ですが、プラスチックごみを流出させないため、多くの人が喜んで協力するリサイクルの仕組みを作ることも重要です。私たちは、微生物を使って、プラスチックごみを分解し、元のプラスチックよりも価値のある物質を環境にやさしく生み出すーアップサイクルするー仕組みを作ろうとしています。リサイクルは水平方向の循環の意味合いですが、アップサイクルはリサイクル品をもっと良いものにアップグレードし、斜め上方向に循環させるような意味合いです。そうして、プラスチックごみの廃棄を減らそうとしています。
生分解されやすい構造にしたプラスチックが、実際に微生物分解されるかどうかの実験
ポリプロピレンを食べる海洋微生物を発見!
プラスチックの中で最も多く生産されているのが、「アルカン」と呼ばれる構造をもつ、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)です。直鎖のポリエチレンの構造が微生物で分解されることはよく知られていましたが、分岐が多いポリプロピレンの構造が微生物で分解されるかどうかは不明でした。そこで私たちは、ポリプロピレンを生分解する(=食べる)微生物の探索に取り組みました。
ポリプロピレンを微生物に食べてもらうことを考えた時、固体のままでは固すぎるし、大きすぎると感じました。そこで考えたのが、液体となる短いポリプロピレンを手に入れることです。しかし、液体の短いポリプロピレンというものはどこにも売っていません。化学系の先生方にも相談しましたが、それは合成できないと言われました。そこで、国内のプラスチック製造会社数社に電話を掛け相談した結果、一社から「溶かせばいいんじゃないか?」と言われ、そうか合成できないなら分解して作るのかと目から鱗の感覚がして、これで研究が進むと一安心しました。
固体のプラスチックは高分子で固まっていますが、熱をかけると高分子がブチブチと切れて少しずつ短くなって流動性を持ちます。実験には、この液体になった部分だけを使用しました。この液体は構造解析して頂いて、ポリプロピレンの構造を持つことを確かめて頂いてから使用しました。
実験では、この液体ポリプロピレンを高知県室戸市で汲み上げられる新鮮な深層水に添加して、これを食べる微生物がいるかどうかを調べました。ポリプロピレンは深層水に添加すると表面で油膜を作りますが、この油膜が減ったように見え、深層水中にポリプロピレンを食べる微生物がいることが予想できました。そしてこの中で、ポリプロピレンを食べて増えた微生物を調査することで、ある微生物が液体ポリプロピレンを生分解していることを突き止めました。
紅藻サンプリングの様子。海からの生物に付着した微生物を採取することも
高知県室戸市にある深層水汲み上げ施設から汲み上げられた深層水
日々、細菌の培養を確認
DNAの解析は日常的に
それは「アルカニボラックス(Alcanivorax)」という属の細菌でした。voraxは“むさぼり喰う”という意味で、まさに“アルカンをむさぼり喰う”微生物であり、石油の主な構成成分でもあるアルカンの分解菌として有名な菌でした。Alcanivoraxは、タンカーの事故などで温帯海域に流出した石油を主に食べ環境を浄化することから“海のスーパースター”と考えることもでき、私たちもポリプロピレンを生分解する微生物がいるならAlcanivoraxだろうと予測していましたが、果たしてその通りの結果となりました。
私たちはこのようにして、ポリプロピレンが生分解されるということを世界で初めて実証することに成功し、さらにAlcanivoraxが海でポリプロピレンを主要に生分解することを示すデータを得ました。この論文は、2023年11月、生命科学分野における世界最大規模の学会であるアメリカ微生物学会の学術誌に掲載されました。Alcanivoraxなどの微生物にプラスチックを食べさせ、アップサイクルする仕組みを陸でしっかり機能させ、海への流出を防ぎ、海に意図せず流出してしまうプラスチックの量が、プラスチック分解菌が分解に対応できるくらいの量になるのであれば、海のプラスチックごみ問題は解決されるのかもしれません。
プラスチックごみを微生物で何に作り変える?
私たちは、Alcanivorax以外にも様々なポリエチレンやポリプロピレンの分解菌を獲得することに成功しています。このうち産業上有用なものをいろいろ生産する菌も発見しています。まだ未発表なので、どんなものを生産するのかをお話しするのは控えようと思いますが、産業利用できる有用物質を菌体外に多量に分泌する菌も発見しています。また、遺伝子組み換えで合成遺伝子を分解菌に導入し、望んだものを分解菌に人工的に生産させるといった研究もすでに始めています。そして、微生物が食べやすいポリエチレンやポリプロピレンの長さや濃度、その微生物が増えやすい環境などを検討し、条件を整えてやることで、実用的な量の生産を目指したいと考えています。
ポリエチレンとポリプロピレンの部分構造
プラスチックごみを極限まで循環させる実証実験に参加
プラスチックごみをアップサイクルする施設を作って、地域内で循環させようというプロジェクトが、現在日本で進められています。これは、SDGs未来都市として選定され、美しい海と海の生き物を守るための「かまくらプラごみゼロ宣言」を発表した鎌倉市が慶応義塾大学と協働で2023年から10年計画でスタートさせたものです。
プロジェクトでは、市内各所にリサイクルポストが設けられ、市民がプラスチックごみを入れると、地域通貨として使えるクルッポというポイントがもらえます。集まったプラスチックごみは3Dプリンタで自転車や公園の遊具などに作り変えられ、市民の共有資産となります。さらに、プラスチックごみを微生物で分解し有用物質へと作り変え、もう作り変えることができない状態になったプラスチックごみは分解して地球に還す未来を目指すものです。私たちの研究室は、この微生物に関わる部分に参加?協力しています。
微生物培養のイメージ
共創の場形成プログラム(COI-NEXT) 「デジタル駆動超資源循環参加型社会」コンセプトムービーより
未知微生物の扱いは安全キャビネットで
得られたデータの分析はしっかりと
鎌倉市は全国でも環境問題に力を入れている都市で、ごみ全体のリサイクル率は現在50%超。その分別はなんと21分類で、将来的には100分類になる可能性もあるようで、もう怠け者は住めなくなるかもしれません(笑)。こういった取り組みには市民の賛同や参画が重要ですが、このプロジェクトは市民活動ともリンクしており、「ゴミフェス532(ゴミニティ)」なる188足球直播_篮球比分¥体育官网なども行われています。次世代の新しい都市の姿を示しているのかもしれません。
石油と同等の炭化水素燃料を微生物で生産
今、世界のエネルギー消費量は増え続けており、エネルギー不足が大きな課題となっています。脱炭素化で電気へのエネルギー転換が加速していますが、航空機は電気で代用できないことから、石油と同等の炭化水素燃料を環境にやさしく生産することが求められています。そこで私たちは、この石油に相当するような炭化水素燃料を微生物生産する研究に取り組んでいます。
2018年に発見したのは、そのまま燃料となる脂肪族アルコールを高蓄積する細菌です。その合成遺伝子を大腸菌に導入し、大腸菌の乾燥重量の30%ほどまでに脂肪族アルコールを蓄積させることに成功しました。油が蓄積されすぎて、液体中で通常は浮かない大腸菌が浮いてしまうほどの成果でした。
この他にも石油代替になる炭化水素燃料を生産するのに都合の良い微生物をいろいろ発見しています。燃料生産にさらに有利な微生物がいるかもしれないので、海洋だけではなく様々な環境で微生物探索を継続して行なっています。
原油系燃料となる油を生産する海洋性細菌(右下; 油を蛍光染色して見ています。)
海洋微生物は、99.99%が未知の世界!
私たちの研究室では、持続可能(サステナブル)な社会の実現をテーマに、人の健康増進に役立つ有用微生物の探索も行っています。深海からは例えば、生物の寿命に「telomere(テロメア)」という染色体の末端部にある構造が関わると言われおり、テロメアは細胞分裂を重ねるごとに短くなり、寿命が尽きると言われていますが、このテロメアを保とうとするタンパク質の量を48倍に引き上げる微生物、つまり長寿のカギとなる物質を生産する可能性をもつ微生物を私たちは発見しています。また、カスパーゼ14という肌バリア?保湿に重要なタンパク質の量を40倍に引き上げる微生物や、新しいカロテノイドを生産する微生物なども発見し、新たな発見が尽きない日々を過ごしています。
このように、微生物の世界はまだまだ未知なる領域で、いわば可能性の宝庫なのです。土壌中の微生物は99.9%、海洋の微生物はさらに一桁多く99.99%が培養できないと言われています。私たちは、独自の培養法も用いて新たな微生物を獲得し続けており、遺伝子解析では見つけるのが困難な、微生物の持つ新たな機能を徐々に明らかにしています。生命の不思議に満ちた海洋微生物の世界に、一緒に飛び込んでみませんか?
(文責 取材者 横山江里子 および 寺本真紀)
深海から釣り上げたギンザメ