地上部環境の改善 病害
もともと植物の多くは,気温,湿度変化といった物理的なストレスのみならず,病原体などの感染や昆虫による食害など数多くの生物学的なストレスをうけています.植物はじっとしているだけで,積極的に身を守るなんて営みを果たしているとはきづかないかもしれません.では、植物は、逃げずにどのようにして身を守っているのでしょうか.
植物は一度大地に根を張って成長を始めるとまず間違いなく同じ場所で一生を過ごすことになります.その大地をなす土壌の中には1 cm3あたり何億もの微生物が生きており,通常,植物は四六時中このような数の微生物と接触しています.すぐに病気にならない方が不思議なくらい多くの微生物と接して共存しながら生きているのです.
太古の昔から,生物は他の生物とのせめぎあいをくりかえし,生きながらえてきました.その中で,わずかな比率で生じる変異体を保持しながら,巧妙な(微妙な?)バランスを保ち,自然の多様性を保持している.ただし時として生じる地球環境の劇的な変化により,対応できる種あるいは変異体が生き残り,新たなバランスによる生態系を構築したと考えられます.植物は能動的な移動能力を有さないために,環境への生存適応能力はきわめて重要です.
地球環境の劇的な変化は数千年のスパーンで起こります.我が国で農耕が始まった弥生時代から現代までに、我が国の自然環境での大きな変化は考えにくく,それによる植物種の多様性に劇的な変化が起きたとはさらに考えにくいです.しかし,現実には,農耕が始まってから、植物生態系は多様性に変化し,同一種内でも著しく変化が認められます.その誘因を行った力とは?そう,人類が農耕を行うようになり,さらには産業革命を推し進め,ここ200年間にわたる近代農業の発達が自然環境を支配するかのような存在になったことです.同一の遺伝的性質を有する品種を,それも,多収性を示させるために,同一環境下の豊富な栄養条件の基で,画一的に,大規模で栽培することは,植物を取り巻く生物環境にとって,劇的な変化であったわけです.
近代農業の発達に伴い,農作物に甚大な被害をもたらす同様の病原菌は増え始めました.人は生活のなかで農業活動を行うと,特定の作物である植物を,排他的に圃場に作付けします.そして,表面に傷をつけるも駄目,斑点を作るも駄目,成長を抑えるも駄目という視点でこの植物に侵入するものを排除しようとします.これが現在多く取り入れられている考え方であり,人類は,科学を発達させ,病原菌を撲滅する手段として抵抗性品種と農薬を開発してきました.しかし,病原菌もDNA複製のエラー,組換え変異および外部からの遺伝子の水平伝搬を活用し,新たな環境に適応しました.人類が農耕をはじめ,圃場という画一化した環境下で作物の栽培を始めてから,その環境の急速な変化に対応し,病原菌は,ゲノムワイドな変化を含め,優れた適応能力を示してきました(優れた適応能力を有する菌が病原菌として生き残ってきました).
ならば,なぜ,植物(作物)は生き延びてきたのでしょうか?その秘密が,植物が潜在的に有する秘めた適応能力にあります.自然の状態を考えると,自らの能力以外の助けを求めることもなく,植物は生きています.その際にはカビ,細菌,ウイルスとの共存がなされていると考えられます.こうした病原菌は植物をどのように侵略しようとするのか,つぎに植物はこうした侵略者にどのように立ち向かおうとしているのかを,知ることは重要ではないでしょうか.それを怠って,人の手で,植物を守ろうとするのは人類のおごりであるのかもしれません.植物は状況に応じて,自らの有する免疫を発揮し,あるいは免疫を獲得しながら,病原菌のみならず,侵略生物との,せめぎあいに立ち向かっているのです.植物の周囲の生物も,実は,人間以上に,人間よりずっと早くから、植物のことを知っているのです.植物自身,あるいはその周囲の生物の声を素直に聞くことが重要であると考えています.
そこで,本プロジェクトでは,植物病原菌の植物への感染過程に応じた病原性因子の特定,分子遺伝学的機能解析等を通じて,病原性機構の網羅的解析を実施し,とくに植物病原菌の発病機構を解明します.さらに,植物病原菌の病原性機構に基づく分子基盤型植物病害予防技術システムの開発を行い,その技術を現場で検証します.また,病原菌感染により誘導される植物免疫に関わる植物因子を特定し,RNA干渉を用いた機能解析を通じて,植物の潜在的能力を生かした免疫誘導の網羅的解析?病原因子との相互作用?信号伝達系を解明します.そして,植物の潜在的能力を生かした免疫治療技術を開発し,現場で検証するとともに,それを用いた病害防除システムを構築し,植物の地上部環境の健全性の実現を目指します.
植物病原菌の病原性機構の解明とそれに基づく分子基盤型植物病害予防技術の確立
本課題では,分子遺伝学的な手法と分子進化学的手法を用いて,植物病原菌の病原性とその適応進化について網羅的な解明をおこないます.対象とするのは,植物細菌である青枯病菌(Ralstonia solanacearum)と腐敗病菌(Pseudomonas cichorii)、および植物ウイルスであるトバモウイルスです。
いずれについてもゲノム解析を独自に行い,それらの情報を活用し,感染成立過程において機能する病原の病原性関連遺伝子とそれらの発現プロファイルに関するインベントリーの作成とともに,それらの機能解析を網羅的に行い,病原性メカニズムと病原性分化のメカニズムの解明を行います.これらの病原性関連遺伝子の遺伝情報を基に,予防診断技術の確立のための分子診断技術を確立し,テーラーメード型の分子診断技術の開発を行います.さらに,セルフクローニングによって作出された変異体は遺伝子組換え体として扱われないこと,および病原性喪失株は病害の発生を抑制することが知られていることに着目し,これら細菌とウイルスの植物に高い生存適応能の解明のデータを基に,病原性の喪失した,しかし植物に高い生存適応能を示す遺伝子破壊株を作出すし,防除効果や使用場面を想定した,デザインされた防除技術の創出を目指します.
ストレス応答遺伝子群などの植物の潜在的能力を生かした免疫治療技術の開発
植物が有する病害に対する先天的免疫である基礎抵抗性と,主導抵抗性遺伝子による真正抵抗性および病害に対する感受性それぞれのメカニズムについて,分子遺伝学的および生化学的解析により解明します.とくに,我々が世界に先駆けて成果を上げているタバコ植物の青枯病に対する基礎抵抗性誘導メカニズムと感受性メカニズム,およびトマトとピーマンのトバモウイルスに対する感受性メカニズムと高温機能性の真正抵抗性メカニズムの解明を目指します.すでに,我々は,青枯病菌感染によってタバコ植物で特異的に発現が誘導されるタバコ遺伝子ライブラリー(RsRGライブラリー)を構築しており,RsRGライブラリーに含まれる遺伝子ごとに,Virus-induced Gene Silencing法によるRNA干渉,Agrobacterium感染による一過的発現系および形質転換植物を用いて,青枯病に対する基礎抵抗性と感受性への機能的関与について解析します.それらの解析結果を用いて,各遺伝子を,pathogen-associated molecular patterns(PAMPs)認識による基礎抵抗性誘導,タイプⅢエフェクター認識による非宿主抵抗性誘導および感受性誘導について分別し,RsRGの機能と発現パターンに関するインベントリーを作成し,青枯病に対する基礎抵抗性と感受性への機能の全容の解明を目指します.また,温暖化対策として重要な高温機能性の病害抵抗性遺伝子L1aを,我々は世界で唯一単離に成功し,その遺伝情報を明らかにしております.L1a抵抗性の高温機能性メカニズムの解明は,その他の病害抵抗性遺伝子の汎用性につながることが期待されます.さらに,トバモウイルスに対するトマト植物の感受性メカニズムの解明を行います.これらの成果を基に,植物の潜在的能力を生かした免疫治療技術の開発を目指します.
- R. solanacearumによるナス青枯病
- P. cichoriiによるレタス腐敗病
- ??ーマンとシシトウガラシでのトバモウイルス病