根圏環境の改善
「活力のある土」,「土づくりが大事」という言葉をよく耳にします.このような言葉は,このプロジェクトが取り上げる「根圏環境の健全性」とほとんど同じ意味をもっています.
植物の根圏環境とは,植物が土壌から養分や水分を吸収する場です.そこには多種多様な微生物が生息し,微生物同士,微生物と植物がさまざまな相互作用をしながら,土壌生態系を作り上げています.マメ科植物と根粒菌共生による窒素固定や,病原菌による植物病害の発生もその一例にすぎません.植物が生育する上で健全な土壌とは, 健全な根圏環境,健全な土壌生態系と言っても良いでしょう.
ところで,そもそも「根圏環境の健全性」とは,いったいどのようなことなのでしょうか?根圏環境の健全性を保ち,改善するためには何が必要なのでしょうか?根圏環境について,まだ分かっていないことがたくさんあります.
一方,植物は,各種養分に加えて,有害金属を含む様々な物質を根圏環境から吸収し,それらを地上部に輸送します.その結果,植物は,ミネラルストレスをはじめとする非生物的ストレスや根圏の化学的環境に由来する様々な影響を受ける場合があります.また,ある種の植物では,有害物質を体内で無毒化し蓄積する能力を有することが知られています.このような能力を重金属汚染土壌の浄化に応用しようとする試みもあります.植物体内での物質の移行には,トランスポーターと呼ばれる輸送タンパク質が関与していることが明らかになってきていますが,植物の物質輸送の分子機構に関しては,未解明の部分がたくさんあります.
このプロジェクトでは,植物の根圏環境の健全性を評価する手法の開発を目指すとともに,植物による物質吸収?蓄積機構の解明と応用に取り組みます.まず,高知県下で実践されている,特徴的な栽培管理技術を対象として,根圏環境への影響評価や病害防除機構の解明に取り組みます.また,予防?診断,治療に関する根圏環境の改善法の妥当性を検証するため,実際の圃場において実証試験を実施します.以上の研究を通じて,根圏環境の健全性を評価する手法を開発?検証し,植物の根圏環境の健全性の向上に貢献します.さらに,植物による根圏からの物質吸収,導管へのローディングと地上部への移行,地上部における局在化に関係する分子メカニズムの解析を進め,健全な地上部生育を支えるための各種要因を明らかにします.
各種栽培管理技術による根圏環境への影響評価とその病害防除機構の解明
この課題では,無農薬栽培や土壌消毒など各種栽培管理技術による根圏環境への影響評価と病害防除機構の解明を取り上げます.高知県下では,「有機のがっこう」にみられるような無農薬有機栽培への取り組みや,かつて山間部で行われていた焼畑を中山間地振興のために復活させようとする試みが実践されています.これらは,農薬に依存しない環境にやさしい農業として,高知県内のみならず,全国から広く注目を集めています.しかし,このような無農薬栽培技術について,話題ばかりが先行し,根圏環境中の養分動態に関連した持続可能性や病害防除メカニズムなどについての科学的検証はほとんど行われていません.一方では,高知県は土壌くん消毒剤としての臭化メチル剤の使用実績は全国1位でしたが,オゾン層破壊物質として使用禁止となったことから,その代替としてさまざまな消毒法の普及が試みられてきました.このような土壌消毒法では当然のことですが病害防除効果に主眼がおかれ,消毒処理が土壌養分や微生物群集動態に及ぼす影響は詳細に検討されていません.そこで,この課題では,高知県に特徴的な栽培管理技術を取り上げ,根圏土壌の物質動態や微生物群集動態へ及ぼす影響を比較?評価します.さらに無農薬栽培における病害防除メカニズムを解明することにより,作物生育に健全な根圏環境とは何かを明らかにし,それを評価する手法を開発することを試みます.
- 無農薬有機栽培(本山町)
- 土壌消毒試験の様子(農学部)
- 焼畑でのアカカブ栽培子(大豊町)
根圏環境からの植物による物質吸収?蓄積機構の解明と応用
この課題では,根圏環境におけるミネラルストレスをはじめとする非生物的要因を取りあげます.適切な肥培管理により,最近では,作物の栄養障害は少なくなってきました.しかし,いくつかの地域特産品の栽培場面で,原因不明の栄養障害が報告されることもあります.一方,安全な食料生産という観点から,カドミウム等有害物質濃度の低い作物の生産が求められています.また,鉄,亜鉛などのミネラルについては,人間での欠乏が問題となることから,含有率の高い作物の生産が期待されています.これらに対応するためには,植物による各種元素の根圏からの吸収,導管へのローディングと地上部への移行,地上部における局在化(分布)という3つの過程に関係する分子機構を明らかにする必要があります.
高知県香長平野は,かつて二期作が盛んに行われていた地域であり,水稲は,高知県の特産作物といっても過言ではありません.また,東南アジアの多くの国において,コメは主要な食糧となっています.そこで,本課題では,水稲を実験材料として取り上げ,マンガンやニッケル?カドミウム等有害金属の吸収と移行に関する分子機構の解明に取り組みます.そして,水稲による有害金属の吸収制御,ストレス軽減,栄養価の向上に資することを最終的な目標とします.また,高知県下にも生息する金属集積植物を取りあげ,金属集積機構やストレス軽減機構を解明し,金属集積植物を用いた栽培環境の浄化への応用について検討します.
- 植物のマンガン輸送体の細胞内分布と輸送基質